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ゆきおじさんのハンバーガー物語

ゆきおじさん

ゆきおじさん

 ゆきおじさんのハンバーガーづくりは25年前にさかのぼる。何の仕事をしても長続きしないゆきおじさんは、兄さんから「おふくろが大好きなハンバーガーでも焼いてみんか」といわれて江迎のドライブ道でサニーハンバーガー店をはじめる。

 湊町育ちのハイカラおふくろさんはハンバーガーとコーラーが大好きだ。8年位続いただろうか。又、ゆきおじさんの仕事は転々とする。
ふらっと家に帰ってきたゆきおじさんは「佐世保バーガー」と出会う。

 「うちのビアガーデンのおつまみにハンバーガーをつくろう!」パテのレシピ思い出すかな?不安もいっぱい。でもうちにはパン工房の応援もある。昔を思い出し、何回も何回もやってみる。バンズも手作りのふわふわとしたものが出来上がる。

 「おじさんのハンバーガー、子供のころ買いに行きよったよ。」と言ってきた男性の声かけに、ゆきおじさん自信を得る。
西海パールシーリゾートに出かけて、ゆきおじさんハンバーガーを焼く。デパートから佐世保バーガーを焼きに来てくださいと声がかかる。

 ゆきおじさんは「佐世保PRの為に、皆が興味を持ってくれる佐世保バーガーを焼いて全国をまわろう!」と決意する。

 ゆきおじさんの子供の頃は、おやじさんの兄弟達が、どれだけ佐世保宣伝隊で全国をまわっていたことか。ゆきおじさんの観光への思い入れの、血はさわぐ。
「九十九島のすばらしさを佐世保バーガーの味に秘めて全国へ伝えたい。」ゆきおじさんの思い入れは全国に伝わって、今日も佐世保をあとに、板場修行に挫折した男の子を引き連れて、神戸県へと車を走らせる。

 「九十九島の美しさを、一度見においでまっせ。」と、お客様にいってきますと、若者の目が輝く。ゆきおじさんは、今初めて、自分の一族の佐世保観光への情熱の深さを考え、ゆきおじさんの出来る限りの事で貢献したい気持ちを持つ。若者がついてくる。

 ゆきおじさんの佐世保宣伝バーガー隊は、今、はじまったばかり。ハンバーガーとコーラーが大好きなおふくろさんは、混沌した意識の中で「ゆきチャンがんばれ!がんばれ!」と応援してくれる。

 2005年5月5日午前7時。
 やさしい 、やさしい、おふくろさんは息を引きとった。
 この3ヶ月、病院に泊まり込んだゆきおじさんは、悲しくて、悲しくて泣き暮れる。それでも、ハンバーガー隊は全国へ出かけていく。

 はな一従業員全員が、力を合わせてカバーしてくれる。失意のどん底の中、若者二人で出かけた大阪が、ゆきおじさんは気がかり。気持ちを奮い立たせて、ゆきおじさんは、新幹線に乗る。

 バーガー隊の若者は、汗と油まみれで大奮闘。でも、催事担当者からは、ボロクソに言われる。汚れた白衣。散らかし放題の調理場。ボサボサの髪。若者は知恵もゆとりもない。お客様の行列をただもくもくとこなすだけ。

 「うちの若者たちを、おれはもっと厳しく教育するべきだった。」とゆきおじさんはひたすら反省する。「厳しく教育しなかったおれが、悪かった。」と、ゆきおじさんはその場で生まれ変わった。若者たちも一生懸命がんばる。でも、まだ未熟。佐世保の町のド真ん中でも、若者のバーガー店がつぶれる。

 ゆきおじさんは、「ゆきおじさんのハンバーガー上京町店」を引き受けた。「佐世保の若者が、きちんとやるまで育てたい。」そして、佐世保バーガーをりっぱな若者たちに焼かせたい。佐世保は、すばらしい若者がいる町なんだと全国に発信したい。

 よ~し、佐世保バーガー隊は観光宣伝隊だ!全国から佐世保に来てもらうぞ!やっぱりゆきおじさんは、観光への血がさわぐ。

 「ゆきおじさん がんばれ」 「若者たち がんばれ」とやさしいおふくろさんの声が聞こえてくる 今この頃です。